2010年05月25日

UNDHIFEAT結成秘話〜暗黒時代 前編〜

またしても随分と久しぶりの更新です。今回も我がUNDHIFEATの聞くも涙、語るも涙の(笑)バンド経歴に是非ともお付き合いください♪今回は前回までで何度も触れていた「暗黒時代」についに突入してしまいます…。
前回はバンドのメンバー体制を変えて、キーボーディストを探し始めるところまででした。それでは、現在こそ派手なライブ活動を展開しているUNDHIFEATが、結成から約1年、まだ初ライブを夢見ていた2004年の1月まで時間を戻してみましょうか!


鍵盤をメンバーに加えるところまで話がまとまったはいいんですが、何せメタル系ってだけでも高ハードルなのに、尚且つ鍵盤となると、もはや絶滅危惧種と言っても過言ではないレベルで人口がいません。ネットを経由しても、全体で1万人くらいいるメンバー加入希望者の中でも5、6人くらいしか該当しないくらいの倍率で、当然競争率も激しい。しかし、不運には定評のあるUNDHIFEATには珍しく(笑)、その時は難無く一人の鍵盤を見つけることができたのです。

それは人づての紹介でした。我流でピアノをやっており、キーボードに非常に興味がある。更に、影響を受けたのはXである。元来やる気重視の俺が断るはずもなく、一度顔合わせをして、すぐにスタジオでリハを行う展開になりました。彼は学生だったため、昼間にスタジオに入るのは難しく、その頃から基本的に夜のリハに変わり、時にはオールナイトで時間をこなしながら、鍵盤を加えたサウンドにバンド全体が徐々に慣れていきました。

キーボーディストが参加した事により、音に幅ができたので、今までに作られた曲も全て鍵盤仕様のアレンジに作り替え、練習を全員でこなしていくうちに、飲みに行く機会とかもできてきて、メンバーと一緒に駒沢公園に花見に行ったのもその時期ですね(笑)。そしてメンバーが揃ったため、平行して曲の録音も開始しました。バンドでなけなしの金を出し合い、音源の編集用にパソコンを購入して、音楽ソフトを使って、レコーディングを行ったのです(レコスタに入ると金が馬鹿にならないため)。当然初めての試みとなるため、かなり苦戦しました。レコーディング自体にもそうですが、何より苦労したのは編集です。なかなか思うようなサウンドにならず、あちらが立てばこちらが立たずで、ずっとパソコンと睨めっこしていた事も多かったです。基本的に編集は昔から理論だけはイッチョマエだった(笑)HIROSHIに担当させましたが、当時は楽器弾くよりもパソコンに向かってた時間の方が長かったんではないでしょうか。それくらいセルフレコーディングは大変でした、プロのエンジニアがどれだけ凄いか実感しましたね!
そんな努力の甲斐もあり、音源が完成した時にはホントに嬉しかったのを未だに忘れません。そりゃ今となれば不完全極まりなく、聴けたモンでもない完成度でしたが、やっと自分達の作った音楽が形になったのだと感動したものです。

5人でのリハをこなすことによって、記念すべき初ライブが近づいて来るのを肌で感じていました。そしてついに我々はライブを実現しようと、ブッキングを探し始め、日程の調節を行う段階にまで達した頃・・・、ある出来事がありました。
その当時、2004年の夏でしたね。楽曲の録音も平行していたので、深夜のスタジオにて我々は早くも4曲目となる音源のレコーディングにとりかかろうとしていました(ちなみに録音の対象になった曲はバラードです。既にお蔵入りとなった楽曲ですが、当時のUNDHIFEATにはバラード曲もあったんですね〜ww)。いつものようにパソコンを持ち込み、その日のレコーディングは鍵盤パートだったんですが・・・、来ないのです、彼が。一時間待っても二時間待っても来ない。携帯も圏外で通じない。妙な胸騒ぎを覚えた俺は、レコーディングパートを、まだ未収録だったボーカルパートに切り替え、無理矢理にその日を消化しました。しかし具合の悪いことに、その翌日も同じ時間でスタジオを取っていました。当然録音されるのは鍵盤パート・・・。言わずもがな、その日も彼は来ません。相変わらず連絡も取れません。そしてスタジオ開始から二時間ほど経過した頃、ようやく俺の携帯に着信がありました。

彼からでした。内容は・・・全て予想通りです。またしてもベクトルはずれてしまっていたのです。理由の一つは「金欠」で、学生の彼にとってみれば、学校に行きながら音楽への金を紡ぎ出すのは至難の業だったようです。まぁその時期の俺達は、音楽で金を稼ぐなんてとてもできないくらいのペーペーでしたからね・・・、金は出て行く一方なわけです(今もだけど)。そして決定的なのは、「音楽には未来が約束されていない」というもの。・・・それを言ってはオシマイです(笑)。完全に価値観がずれています。・・・結局その日の電話で彼は脱退。録音の予定も、ライブへの道筋も、全てが狂ってしまいました。これで6人目となりました。・・・ホントにこれだけは言いたいんですが、人間として「せめて連絡はしろ」。

貴重なキーボーディストを失い、ライブも出来なくなってしまった俺達に、更に不運は続きます。鍵盤脱退の翌月、サポートで結構長くやってくれていたドラマーが、仕事の繁忙と生活スタイルの変化を起点として、ほとんど練習に参加できなくなり、本人の意思もあって、脱退してしまいます。これで7人目。・・・何と、つい先日までライブを目前に控えていたような上向きの状況から一転し、いきなり同時期に2人もの脱退者を出して、完全にバンドとしての機能すら失われてしまったのです。しかもドラムと鍵盤という、メタル系ではレア中のレアと思われる2パートです。さすがにリズム、リードの一角が両方不在となると、これは最早ライブどころではありません。ここからが我がUNDHIFEATの暗黒時代の幕開けとなります。

5人編成のバンドが、いきなり3人になってしまっては、できる事も限られてきます。本来ならばメンバーが見つかるまで活動休止とかにするところなんでしょうけど、俺はそれだけは絶対にやってはならないと考えてました。ここで活動を休んでしまったら、ヤル気も気概も失い、自然消滅も有り得ると思ったからです。何せそれくらいに俺達の落胆と失望は酷いものでした。かつてないくらいに途方に暮れましたね。ドラマーだけでも今までとてつもなく苦労をしたのに、更にレアな鍵盤が加わり、一体これからメンバーを見つけるのにどれほどの時間がかかるのか・・・、想像するだけで溜息しか出ません。しかし、活動を続けなければ、溜まり溜まったモノが一気に爆発し、緊張の糸が途切れて、全てを諦めてしまう可能性もあるくらいの状況故に、半ば無理矢理にメンバー不在のまま、活動を継続しました。・・・とはいえ、さっきも言った通り、できる事はかなり限られます。まずスタジオでのリハが相当困難になります。ライブも当然できません。そこで俺達は、とにかく中途半端に着手していたレコーディングだけは終わらせようと決意し、鍵盤とドラムを全て打ち込みに差し替え、当時15曲近く作り溜めた楽曲をひたすら録音していく作業に徹底しました。パソコンと音楽ソフトを使っているため、ギターとベースは宅録でイケるので、スタジオには専らボーカル録りのために入り、週1だったバンドの集合を週2に増やして、その増えた一日を録音した音源の編集に費やし、知らず知らずのうちに俺達はバンドであるにも関わらず、スタジオに入るのに楽器を持たず、演奏もしない日が増えていきました。

当然メンバー探しは常に継続していました。ネットのメンバー募集掲示板やリンクには毎日目を通し、自分達からも加入希望の人には、積極的に声をかけていき、挙句にはメン募ビラを作製して、街中のスタジオやライブハウスに直接貼りに行ったりもしました。東京だけでは飽き足らず、わざわざ横浜くんだりまで貼りに行ったりして、50箇所くらいは回りましたかね(笑)。しかしその結果たるや、散々なモノでした・・・。何より致命的だったのは、「1人加入しても動き出せない状況だった」ことです。何せリズムとリードの両方に穴が空いてるわけですから、2人加入しないと意味がありません。プッシュの甲斐あって、何人か連絡をくれた方がいましたが、上記の理由と、我々のように、ライブ実績もなければ、レーベルに所属してるわけでもなく、CD販売もしていないバンドに振り向く人材は皆無でした。連絡が来る度に「ライブの集客は?」とか、「CDの売り上げは?」とか、「ワンマンの経験は?」とか聞かれるのにウンザリしてましたよw

・・・当時2004年秋。このどうにも動けない暗黒時代は現在のドラムであるIkkaが加入する2007年まで、ずっと継続することになります。その空白の3年間を、俺とDAIとHIROSHIがどのように過ごしたか、それは次回でまた書きたいと思います。

では今回はこのへんで♪相変わらず長文ですね〜・・・、読むの疲れるかもしれないけど、まぁそこは気合いで(笑)!

TO BE CONTINUED...
posted by Seiji at 22:58| Comment(4) | TrackBack(0) | SEIJI | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
想像を絶する経歴に驚きです。
メンバーが1人欠けただけでも、活動がストップしてしまうものなのに、2人同時に欠けてしまうのはかなり致命的ですよね。
しかも、キーボードの人、連絡もなしに姿を現さないのは本当に人として許せませんね。
どれだけ迷惑をかけてるのか、解らないのか!
と言いたいですね。

そして、メンバー探しにそこまで必死になっても苦労は尽きず、見返りもない。
それでも前に進むしかありませんよね。
道は前にしか開かれないですから!
Posted by ラピス at 2010年05月26日 00:33
今となっては笑って・・・というわけでもないですが、当時は本気でキツかったです(笑)。リアルに活動自体ができない状況に見舞われて、幸先は暗く、何も始まってないのに終わりが見える環境でした。

・・・でも今思えば全て経験して損のないものだったと思います。おかげでハングリー精神だけは相当培われましたしwwここまで諦めずに続けてきたからこそ、ラピスさんとも出会えたんですよ♪

まだまだ先は長いですね!
Posted by SEIJI at 2010年05月26日 00:54
1曲を作るのに、多くの手間暇・技術が要るんですね。
心して、大事に聴かねば・・・
PCを使ったり、ハイテクな制作活動をしているんですね!!
トーシローにとっては意外な発見でした(^^)
出口の見えない闇でも、走り続けた事が素晴らしい!
「継続は力なり」ってUNDHIFEATに言われたら納得できるー!!

本人出演で再現ビデオ作成したい!
または画:ワニのコの漫画化かな〜
Posted by ワニのコ at 2010年05月28日 01:03
>ワニのコさん
そうなんですよ、一曲を完成させることは、全てセルフだと有り得ない時間と手間がかかるんです!当時の俺達もかなり甘く見ていたんですが、やってみるとこれがしんどいの何の…(T_T)
継続は力なり!って堂々と公言するにはまだ結果を残してはいないですが、結局諦めなかったからこそ今があるわけで、それはバンドの誇りです。経験上、相当打たれ強くはなったんで、もう何があっても動じない自信はあります(笑)。
有名になったらドキュメンタリー映画とか作ってほしいですね、さぞかしうまくいかないバンドに勇気と元気を与えられるんではないでしょうかww
Posted by SEIJI at 2010年05月28日 12:16
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